ROやコスプレ造形やネタの日々徒然。


by unai-fsp
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ:真面目に( 9 )

耳のこと

某アーティストの片耳の聴覚を失ったってニュースと、立花さんの日記を受けて、ちょっと自分の耳について書いてみようかなと。

リアルで会った事のある人には公言してるし、プロフィールなんかにも書いてたりしますが、私は軽度の難聴です。
障害手帳を持てるレベルじゃないけど、日常生活で電話の応対が難しかったり、うるさい場所や声の小さい相手だと会話に難がある、というレベルですね。

そもそも難聴が発覚したのは学生の時。写真の現像をするお店でバイトしてたんですが、そこでお客さんの名前なんかを聞かなきゃいけなかったんですね。その時にあまりに聞き間違えが多かったので「耳やばいんじゃね?」って話になって病院に行き判明。
お医者さん曰く、「原因不明」「具体的な治療方法なし」「今後悪化の恐れ有」とのこと。
自分自身の耳が普通よりも悪いことは薄々分かっていたけれど、はっきりと軽度であれ難聴と診断されると凹みました。
もちろん世の中には私よりも耳の聞こえが悪い方や、もっと別の障害がある方もいて、それぐらいのレベルでなんと甘い、と言う人もいるかもしれません。
でも、こういうのって程度の問題じゃないんですよね。本人の受け止め方や周囲の状況なんかによって、そのことで感じる重さは人それぞれで千差万別だと思うんですよ。
耳なんて多少悪くっても平気!って人もいれば、それがすごく負担になる人もいる。ただそれだけの話で、私は後者だったと。
お前の心が弱いからだ!と言われたら、確かにそうなのかもしれませんがスンマセンへたれですスンマセン。
私の場合、世間一般から逸脱してしまった怖さというか、「普通」から「普通じゃなくなって」しまったような気がしてショックだったんだと思います。
今だったらそもそも普通の定義ってなんだよそんなもんねーよ!と思うし、人と違ってだから何?関係ねー!カーッ(゚Д゚≡゚д゚)、ペッぐらいはやるんですがっ。
若かったからね!いや今でも若いですけど!ごめんねお母さん必死だからごめんね!
うん話が逸れた。

そんで今、自分の耳悪くて体験した嫌な事や辛かった事なんかをを長々と書いてみたんですが、途中ですごく馬鹿馬鹿しくなったんで全部消しました。
あー、わざわざ後ろを向いて、自分の嫌な思い出ほじくり返してアテクシ カワイソス……ってやっても全く意味なかったよ。っつーかめっちゃ愚行だったよ!

まあきつかった時の自分(学校卒業してから2年ほど前まで)の心情を思い出してみると、

私は不幸なんかじゃない
私は可哀想なんかじゃない
私を哀れむな
私を哀れむな
私を哀れむな
私を蔑むな
私を蔑むな
みんな消えろ、死ね、みんな死ね

みたいな事を本気で思ってたからね!
いやひくわー、今自分で文字打っててもひくわーこれ。いやごめんほんとにおとましい(方言)わ。
この頃の自分の中には、ドロドロとした黒いものがずっと居座ってたんですよ。普段は隠されてるけど、耳に関係して辛い事なんかがあると、黒いものが溢れ出してくるという。アラヤダなにかしらこの中二病チックな設定!?
でもまあ辛いと感じていたのは確かなことで、黒いものを自分の中からなくしてしまいたいのにそれがあんまり大きすぎて、一生動かす事もできないと思ってました。その時の絶望感みたいなものを思い出すと、今でもぞっとします。

なんでそういう風に感じていたのかと今考えると、色々な事を聞き取れない自分を認めない、許すことがない、という事が原因だったのかなーと思います。
なんでですかね、そういう自分で自分を縛るような事がなくなってきたのは。
今の職場に移って仕事で耳をそれほど使わなくても大丈夫だったり、周囲の理解がある(ありがたいなあ)という安心感が主な要因のひとつだとは思うんですが、根本的にあんまり人の反応が怖くなくなってきたんですよね。
前までは(耳が悪くなかった時でさえ)人の反応が気になって仕方なかった事を考えると、今は楽です。すごく。
今でも耳のことで悩む事が全くなくなったわけではないし、これから酷く憤ることもあるかもしれません。しかし以前よりも自分の中の黒いものはずっと小さくなっていると感じます。

色々とあったからこそそういうものを得れたと考えると、難聴になったことも決して悪い事じゃないと今では思えます。人生万事塞翁が馬。
あれ、でもそれって単に面の皮が厚くなったって事か?つまりおばちゃんkうわあああああああああああまだまだ若いよ、私まだ若いよー(せめて心は!)ヽ(`Д´)ノウワァァァン!!
[PR]
by unai-fsp | 2008-01-08 00:44 | 真面目に
コミックマーケット準備会代表、米澤嘉博氏が亡くなられたそうです。

お会いした事はありませんが、コミケという場を与えていただき、心から感謝します。
米澤氏が確立した表現の場は、コミケだけではなく、様々な方面で影響を与えたと思います。
コミケ含む多くのイベントで、何度も楽しい思いができたのは、米澤氏のお陰です。
単なる一オタクですが、心から哀悼の意を表します。
長い間お疲れ様でした。そして本当にありがとうございました。

10/4追記
LiveROにわかりやすい文章があったから転載させてもらう。

>837 :(○口○*)さん :06/10/02 21:20 ID:rRlN8waY0
>米沢さんってどれくらいすごいの?
>ってピンとこない人が大多数だから簡単に説明しよう!!
>簡単に言えば「コミケを作った人」
>この人が30年前にコミケ(同人誌即売会)を作らなかったらあなたの好きな
>マンガ、小説、ゲーム、アニメは存在してたかどうか、たぶん存在してない。
>それくらい歴史を変えちゃった人だ。

>もちろん30年以上前にも漫画同人誌というのはあった。
>しかしそれは大学の漫研だけの世界で、それを持ち寄って即売会をやろうとした。
>それが米沢さん。
>マジでこの人の行動が無ければ今の同人文化やジャパニメーションやマンガアニメ文化は
>存在してるかどうかってくらいすごい。
>米沢さんが居なければデシラバは存在してないんだぞ、マジで。

このデジラバの部分は、勿論コスプレとも入れ替え可能。

今日、この事についてぼーっと考えていて、
初めてイベント行ったとき、衣装を何日も前から必死になって作って、そんでものすごく緊張しながら初コスプレした事や、同人誌買い過ぎて袋抜けそうで、体もくたくたなんだけど、でも幸せ感いっぱいで乗った帰りの電車とか、初めてのコミケで、その人の多さと会場の広さに、友達と一緒に腰が抜けそうになったりとか、もしイベントがなかったら出会わなかった人たちの事とか、色々考えてたら、また泣けてきた。

本当に本当にありがとうございました。あなたがいてくれたから、こういう体験ができました。
ものすごく楽しかったです。
[PR]
by unai-fsp | 2006-10-01 20:10 | 真面目に

小さくなる星

夏コミやワンフェスが終ってからこっち、なんかもう仕事以外はずっとダラダラしてるという、非常に自堕落な生活を送っておりました。
祭りの後の寂しさというか、夏が終っていくのがひしひしとわかるこの季節はどうもイカンです。よくわからないけど、なんだか知らないけど寂しくなる。
暑い夏なんて特別好きなわけでもないのに、8月初頭の盛夏の頃と比べて幾分か弱くなった日差しや、熱風ではなく吹きぬけるような涼しい風、蜩のカナカナカナカナ……という声やなんかが感じられてくると、夏が終りつつあるのが嫌でもわかって、何にもやる気がなくなります。
小学生の頃なんかは、大体これくらいの時期まで宿題ため放題だったため、夏の終わりの寂しさとこれからくる宿題修羅場の事を考えて、胸キュンどころかもう半泣き。あああああもう思い出したくない思い出したくない。

ところで乗り遅れた感のある話題ですが、冥王星が惑星じゃなくなっちゃいましたね。
大崎善生の『九月の四分の一』という小説の中に、冥王星が存在する前と、後の時代というような描写が出てきます。
冥王星自体はずっと存在してきたものであるけれど、人類にとっては発見されるまで冥王星は存在せず、76年前に発見されてからが、冥王星の存在している時代という意味合いです。冥王星についてのニュースを見た時、思い出したのがこの描写で、じゃあ惑星でなくなってしまった今、冥王星はどんな時代になるのかという事を、ぼんやりと考えていました。

冥王星が惑星でなくなってしまった以上、授業で「スイキンチカモクドッテンカイメイ」って言ってたのが、「スイキンチカモクドッテンカイ」になって、冥王星の名前はさらっと伝えるだけ。もう太陽系の惑星のひとつながりとして紹介されることはなくなって、本やなんかで今まで写真付きの表示だったのに、削除されるところもあるでしょう。話好きの教師なんかは、「昔この星は惑星だったんだけどなぁ~……」って授業の合間の息抜きに喋ったりするかもしれないけど、それも多分少なくなっていく。時間が経つにつれて、冥王星を知らない世代、が増えてくる。
ああ、これから冥王星は小さくなっていく時代なんだなあと思いました。
一旦発見された以上、存在がなくなる事はないけど、惑星という大きなくくりがなくなってしまった今、確実にその存在は薄れていきます。
ゆっくりと小さくなっていく冥王星の存在について考えることは、今の気分と混じってすこし寂しく切なく、そういう過ぎ去っていくことについてうだうだと考えていた、そういう夏の終わりでございました。
[PR]
by unai-fsp | 2006-08-31 06:32 | 真面目に
私には二人の妹がいます。
日記によく出すのは同居している一番下の妹で、まったく出てこない3人姉妹真ん中の妹は、家を出て一人暮らしをしております。

その真ん中の妹が、今日、結婚しました。



いやいやいや嘘とかネタでなくて。
正しくは婚姻届を出した、ですか。
面倒だから式は挙げないとか言ってるので、やはり娘の花嫁姿を見たい親との間で、しばらく攻防が続くものと思われます。

今日、婚姻届を出した事を親から聞かされた時、何と言うか、自分でも驚くほど普通でした。

正直私はシスコンだと思います。何のてらいもなくうちの妹可愛いよ、と言い切れますし、本人の前では絶対に態度にも顔にも出しませんが、内心、嗚呼妹カワイイ妹カワイイあんた最高だよ世界一の妹だよあーもうイイコだーとか本気で思ってます。

しかし湧き上がった感情は、ただ普通にあー、そうなんだ、でした。
やっべ今度そっちで飲み会あるから、家に泊めてくれとか普通にメールしてたよ、めでたい日なのに。つか言えよなんで親経由で知ってんだよ私、しかしなー、あーそっか結婚かー……

普通。ものすごい普通。感情の揺らぎが全く起こらない。
そのままご飯食べてお風呂入って色々雑事こなして寝ちゃえば、明日には忘れてしまうかってくらい、何も思わない。

私にとって、妹が結婚する事なんてそんなものだったのか。
結婚するという話は当然以前から出ていたし、そろそろ婚姻届を出すって事も聞いていたから、別に今更驚くほどのモンじゃないって事か。

そうかー、それだけかー……ふーん。

そんな事思いながら、ゴハンわしわし食べてたのですよ。
そんで食べ終わってお茶のんでサプリメント飲んで、PCぽちぽちしながら、知り合いの人から小包届いてたから後でお礼言わないとな、今日お風呂何の入浴剤入れよう、そういや夏コミ用の衣装作り始めないと本気でやばいわーとかぼんやり考えてたんですよ。

そしたら、なんかきた、胸の奥からジワジワきた。あ、違う、ジワジワじゃない、もっとドーッって激しいのが、なんかすごい強い勢いのが、わーって、うわーって、
私の中身がいっぱいになる、内側からどんどん何かが溢れ出てきて、押さえ切れなくなったのは涙腺を刺激して目からこぼれる。

ヤバイヤバイヤバイ、すごい嬉しいんだけどすごい寂しくて、なんかこう、なんだろう、

だめだ、わからん。


ただ、幸せに、絶対幸せになって欲しいということは確かに言えて、それが叶うならこんなに喜ばしいことはないと思う。

おめでとうおめでとうおめでとう、本当におめでとう。

すいません、もうやっぱり訳がわからん。ここまで電波文読ませちゃってすいません。
とりあえずお風呂入って落ち着くことにしましょうかね。
[PR]
by unai-fsp | 2006-07-25 21:02 | 真面目に
昔知人が嵌って、なんかもう色々と面倒くさい事になったのを思い出しました。

詐欺・マルチに引っかかりやすい人を考える@防犯
http://s03.2log.net/home/hopeless/archives/blog380.html

耳障りの良い言葉に惑わされないで欲しい。
ほんとに、頼むからほんとに。
もう知ってる人が、目の色を変えて必死に勧誘する姿なんざみたくないんですよ。
普段の貴方であってほしいんですよ。
何の為に必死になってるんですか?お金ですか?人間関係ですか?プライドですか?
起業や独立なんて言葉に踊らされないで、足元を見てください。
貴方の今回りにいる仲間は、たとえ貴方がそのビジネスを辞めても一緒にいてくれますか?
そんな事してなくても、一緒にいてくれる人は絶対いますから。
だからそんな事にしがみつかないで下さい。

なんかそんな事を色々考えていたんだけど、結局本人には伝えられなかったなーと。
伝えても、多分受け付けてもらえなかっただろうなーと。
今思い出しても、それはすごく悲しいなーと。
もうね、知ってる人が変な世界に行っちゃった姿なんて、絶対見たくないんですよ。
何を言ってもこっちの言葉が通じない絶望感なんて、味わいたくないんですよ。

もしかしてこういう世界に行きそうになっても、少しでも知識があることによって思いとどまれる部分があるかもしれないから、記事紹介しました。
もうこっちの声が聞こえない人もいるかもしれないのが、また悲しいけど。
せめて私の周りだけでもね、ホント、頼む。

6月17日追記
マルチ商法・ネットワークビジネス
マルチ商法勧誘方法がわかりやすく説明されてます。
『悪徳マルチ商法の勧誘の流れ』は必読。

苦情の坩堝
企業名、商品名ごとの情報が便利です。
[PR]
by unai-fsp | 2006-06-16 02:16 | 真面目に
何故かやけに眠いです。昨日きっちり8時間寝たのにまだ眠く、家帰ってきて仮眠とったのにまだ眠いです。普段ならピンピンしてる時間帯なのに。
別に疲れるような事はしていないのになんなんですかね。あー春眠暁を覚えずというやつか?

春になって暖かくなるのは非常に嬉しいです。しかし、こたつで寝転がってぼーっと本とか読んでたら、いつの間にか寝てしまっていた、というのが自分の中で「気持ち良い眠りの入り方ランキング」のかなり上位に入るのですが、あったかくなるとその愛しのこたつが撤去されてしまうので非常に切ないです。
春ラブ!でもこたつもラブ!相反する悩みに心が張り裂けそうですなんてことはありませんがしかしやっぱり切ない。

あー、部屋に冷房かけて温度下げてこたつに入れば、暖かい季節でも暑い季節でも平気じゃね?と一瞬考え付きましたがものすごく無駄ですね、うん。
まああれだ、布団あれば生きていけますよ布団。布団いいよ布団。布団を思いついた人類の叡智に乾杯しつつさあ寝ようと思って本題書き忘れている事に気づきました。

色占い
好きな色の組み合わせを選んで診断するのが本来のやり方みたいですが、ここでは自分の誕生日からその人の本質についての占い?をしてくれる様です。
そんでやってみたんですが、

ショックボトル/ハンプティ ダンプティ
色:オレンジ/オレンジ
独立心のある創造力に富んだ、自ら進んで行動するタイプの人です。団体で行動するというよりも、単独で活動する方が心地よく、成功をおさめることができます。直感的で、とても深い知恵の持ち主です。今の自分に満足していて、幸せでいるということを知っている人です。人からうながされて何かをすることが嫌いです。


オレンジ+オレンジって派手だなオイ。しかも色の名前のハンプティダンプティって卵のおっさんだー、塀から落ちるよ!割れるよ!なんか頭悪そうで私の占いの結果としては大いに納得。

肝心の診断内容、
>団体で行動するというよりも、単独で活動する方が心地よく、成功をおさめることができます。
>人からうながされて何かをすることが嫌いです。

という部分はものすごく当たっていると思いました。学生時代の宿泊訓練とか体育大会なんかの団体行動全般、全く意味がわからん!と思ってましたし今でもそう思います。
社会人になってからも、別に人と一緒に行動する事が嫌いなわけではないけども、一人で動く自由さや気楽さのある時間は、何者にも代えがたい大切なものだと感じます。

でも、昔は自分のこういう部分が嫌だったんですよ。なんで大勢で行動することが好きになれないのか、そういう自分はきっと浮いていて将来社会からはみ出してしまうんじゃないか、と思って。
他人と合わせなきゃいけない、という強迫観念みたいなもんがあったんですね。
その気持ちをいま思い返すと、なんでそんな事で悩んでいたんだろうと思います。
その頃想像していた、いわゆる大人の年齢になってみて気付いたのは、無理して他人とあわせなくても全然余裕で生きていけるという事。
勿論他人を蔑ろにしちゃいけないし、交流することも大切。でも、他人の為に自分を殺すとかしなくても、案外そのままで受け入れられるし平気で生きていける。万人に好かれようったって土台無理な話だし、それなら、最初から良い人を演じたりせずに好きにやっていけばいい。
高校までの学校生活では、むしろこういう事とは逆に、他人を合わせなくてはいけない、良い人でいなければいけないと教えられていたから、実際はそうじゃないと気付いた時の驚きはすごかったです。
昔の自分に会えるもんなら、そんな事で悩まなくても全然平気なんだと教えてやりたいし、今現在悩んでいる子にも伝えてあげたいくらい。
まあそんな事言いつつも、まだまだ自分自身を出し切れていないなあと思うので、そう大した事は言えないんですが。

残りの
>直感的で、とても深い知恵の持ち主です。
これはどうなんだろう。
直感・・・・・・くじとかよく外れます!
深い知恵・・・・・・少なくとも冷房かけつつこたつに入ろう!と思う人間はあまり深い知恵は持っていないと思います!
>今の自分に満足していて、幸せでいるということを知っている人です。
うん、今は寝れたら全てが幸せ。満足満足。
というわけで寝ます。春眠に幸あれ。
[PR]
by unai-fsp | 2006-03-24 01:53 | 真面目に

小さな革命

今日、なんとなくピアスの穴を増やしたい思いに駆られました。
しかし私の耳たぶにはすでに4つのピアス穴が存在している上に、普段は一個だけ地味なピアスを惰性でつけているだけなので意味がなく、結局何もしないわけですが。

そういえば、高校生の頃はよくピアスの穴をあけたいと思う事が多かったです。
いつの間にか塞がってしまったり、穴の位置が気に入らなくてやり直したりして、実際5,6回はピアス穴を開けた気がします。
このピアス穴をあける方法ですが、今考えると非常に恐ろしいことに

----痛い話なので苦手な人は飛ばしてください----
自分で耳たぶを感覚がなくなるまで氷で冷やして、安全ピンをキリキリと力任せに刺してあける。
----痛い話終わり----
でした。

どこの部族だよ!!
病院行けよ!せめてピアッサー使えよ!自分で今思い出しても怖くてゾクゾクして身悶えします。よく出来たな自分。ヤンキーの人の根性焼きの話とか聞くと「うわー」ってなりますが、いや、人の事いえない、自分も全く同レベルだ。
なんというか、若いってほんとうに馬鹿だ。いや若さというか私が馬鹿なんだな、うん。

本当に、なんでこんな事やれちゃったんだろうなーと思います。
高校は比較的自由な校風だったけれど、ピアスやマニキュアは禁止されていて、ピアス穴をあけるということはちょっとした冒険でした。
しかし別に表立って学校に反抗する、などという気は毛頭なく、ピアス穴をあけている子は皆、見つからないようにを髪の毛で隠したり、透明なプラスチックのピアスを短く切り、裏側からさして一見ピアスなどつけていないように見える細工をするなど、あらゆる手段でそれを隠そうとしていました。
そこまでするならつけなきゃいいじゃないかとも思いますが、それでも、ピアスをつけることに、いや、むしろピアス穴をあけている事にあの頃はこだわってました。私だけじゃなく、多分ピアス穴をあけていた何人かの同級生も、きっと同じような感じだったんじゃないかと思います。

ピアスをあけるという事は、高校時代という子供でも大人でもない宙ぶらりんの時期にあって、小さな革命だったんじゃないかと思います。
他の人にとってはなんでもないけれど、本人にとっては体に手を加えるのだから大事で、ピアス穴をあける前と、その後では、きっと何かが変わっている、そんな意識がありました。勿論、ピアスをあけたって、実際はほとんど変わる事なんてありません。でも、友人、勉強、部活、恋愛、バイト、毎日はそれなりに楽しく、しかしどこか息苦しくて、落ち着かない。学校や社会なんていう具体的なものに抵抗したいんじゃなく、持て余してしまった自分自身を打ち破って誇りを持ちたい、そんな願いを込めて、ピアス穴をあけていたんだと思います。

ある日の夕方、友人と二人でバスが来るのを待っていました。他愛無い会話をして笑っていると、急に
「ピアスの穴、光ってるよ」
と言われました。透明なピアスが、丁度真横から射す夕日の光を通しているらしく、そういう友人の耳たぶも、ピアスの穴から夕日が差し込んで、オレンジ色の小さな耳飾のように光っていました。
それは彼女が笑って首を傾けたりする度にちらちらと小さく踊り、耳朶の産毛までくっきりと浮かびあがらせている夕焼けの中で、とても美しく見えました。日中や、蛍光灯の明かりでは絶対に見ることのできない、夕焼けのあるわずかな時間だけ見ることのできるピアス。それが自分の耳にもあるという事が嬉しくて、何度も耳たぶを触って、ピアスの穴の存在を確かめました。
きっとその時、私が企てた革命は、確かに成功していたんだろうと思います。

高校を卒業してしばらくした頃には、もう全てのピアス穴は塞がっていました。ある日、ピアッサーを買ってきて左右に二個ずつ、全部で4個のピアス穴をあけてからは、増えもせず減りもせず、特に手を加えようという気も起こらなくなりました。
ピアス穴をあけたいという思いが浮かんだのは、また革命を起こしたいのか、それとも夕方の時間に昔の事を思い出しただけなのか。
まあわからずとも、あけることはきっともうないでしょう。
[PR]
by unai-fsp | 2006-03-01 01:25 | 真面目に

ポケットの中の月

先日誕生日を迎えました。お祝いして下さった方々、ありがとうございます。

冗談で、よく若い子羨ましいぜフゥーハハハーといったことを言ったりしますが、実のところ、そんなに年をとる事に抵抗はありません。
むしろ早くかわいいおばあちゃんになって、縁側でのんびりお茶でも飲みながらまったりしてるような生活できるようになりたいもんです。
まあその為には、当然そこに至るまでにそれなりの人生送ってなきゃならない訳で、まだまだまだまだ頑張らにゃいかんなあ、とつくづく思ったりするのですが。

年をとる事よりも自分にとって嫌なのは、実年齢に精神年齢が追いついてないと感じるときです。
精神年齢と言っても、まだまだ若い子には負けないわよ!ってなポジティブな若い心を持ってますよって感じでの精神年齢ではなく、大人として物事を処理する能力、みたいなモンで、ああー自分この年なのに幼いなあ、と感じるとものすごく自分が情けなくなります。
良い年のとり方、というんでしょうか、その年相応にきちんと経験を積んでいて、それが表情や態度に滲み出ている。そしてそれがとても魅力的だ。そういう風に生きている人間になりたいと常々思うんですが、なかなか難しいもんです。



ところで今回の誕生日記念に自分へのプレゼントとして、土地を購入しました。
特に先の事を考えて、ってわけじゃないんですが、折角だから普段なら絶対に買わないようなものを買おうと思いまして。
ここの土地です。

うん、月の土地。
いや、騙されたと思うなかれ、本物の月の土地を売ってくれる所があるんですよ。
残念ながら、私には一坪いくらで売ってるような地球の土地なんぞ、買えるほどの甲斐性はございませんので。よっぽど投売りしてるようなところならともかく。
それがなんと!この月の土地なら1エーカー(1200坪)2700円!
まあお買いお得!買わなきゃ損だわ!ってもんです。
もし人類が月に気軽に行けるようになる時代が来たら、なかった事にされるような気がしないでもないんですが、ともかく今のところは月のここの場所は私のもの!と言えるようです。

今回月の土地を買った事に、深い意味はあまりありません。もともと月は好きですがただそれだけで、別に満月の夜に帰りたくなったり、見ると狼とか巨大な猿になりそうになるとかそんな事もございません。
ただ、なんていうか、持っているとちょっと幸せなもの、が記念に欲しかったのだと思います。
特につけることはないけれど、たまに宝石箱を開けて見るアクセサリとか、すごく瓶の形がかわいい香水だとかそんな感じで。
ああ、それよりも、金銭的な価値は全くないんだけども、ふと拾った綺麗な石みたいなものかもしれません。
ずっとコートのポケットにしまわれていて、小銭を取り出す時なんかに一緒に出てきてしばらく眺めてしまった後、また何事もなかったようにポケットに放り込まれたり、横に人が一緒にいたら、なんとなく「これきれいでしょー」と言って他愛無い会話を少し交わして、やっぱり何事もなかったようにしまわれる。
そういう風に、ふと夜空を見上げたら月が綺麗に出ていて、まだ足を踏み入れた事のない自分の土地がそこにある事を思い出して微笑んでしまうような、一緒にいる人に、「あの餅ついてる兎の、ちょっと右下の所に私の土地があるんだよ」と少しだけ自慢げに会話するような、そういうものを持っている、という事は意外に幸せな事なんじゃないかと思います。
誕生日の度にそういうものがひとつ増えていく、そう考えると、ますます年をとるのが楽しみになったりしませんかね?



最後に。
うわー何今回の日記、にあわねえーとか言うなよ!言うなよー!ヽ(`Д´)ノ
[PR]
by unai-fsp | 2006-01-08 23:41 | 真面目に

うつくしいのはら

今日の日記は単に自分の好きなことをだらだら書き流していくだけなので、ネタとかそういうものを期待している方は、読んでもただの時間の無駄になるだけですのでオススメしません。

今日、本屋にふらりと立ち寄ったら、西原理恵子の新作『営業ものがたり』が置いてあり、喜び勇んで買ってきた。
家に帰ってきて貪る様に読んで、ああ、やっぱりこの人はうまいなあ、と思った。
このブログの右下にも、その西原理恵子の作品である『ぼくんち』が紹介してあるけれど、この作品、一番好きな本は何かと言われたら間違いなくこれをあげる程好きだ。

西原理恵子をはじめて知ったのは、『恨ミシュラン』だったと思う。最初、本屋で見かけて立ち読みし、そのギャグから撒き散らす圧倒的な勢いに押され、その時はそのまま棚に戻した。しかしどうにも気になって、本屋で見かけるたびに少しずつ読み進め、結局5,6回目の立ち読みで全部読み終えた所でレジに持っていった。それから少しずつ、この人の漫画を集めるようになった。
ちょうど私はこの頃、人生で初めてたった一人で暮らすという生活が始まった所だった。多くの人が経験することだけれども、やっぱり家族のおかげで意識せずにいられた孤独というものが四方八方から押し寄せてくる生活はとても苦痛で、一人で毎日の時間を過ごす事に慣れるまでは、孤独という海から顔だけ出して、やっと息をしているような状態だった。
とにかく、強くならなければならないと思っていた。一人でも楽しく笑って、ご飯を食べて、ぐっすり眠ることができるようにならなければいけないともがいていた。
そんな状態の時に、私の中で西原理恵子の本は圧倒的な強さを持って存在し、私もその強さを少しでも自分のものにできるように、何度も何度も繰り返し読んだ。

この人の漫画は、本人が主に登場するギャグ漫画の部分と、叙情的なものがたりの部分の落差がとても激しい。ギャグは金・下ネタ・妬み嫉みがバンバンでてくる。それを面白いと思う人も、えげつないと感じる人もいるだろう。一方、叙情的な作品は、絵は、一見とてもかわいらしい。しかし、その内容はとてもリアルで重くて深く、そして残酷でとても明るい。例えば人がたやすく死ぬ。しかしその死は漫画やゲームや映画に多く見られる様な一見ギャグかと思えるほどの軽い死ではなく、悲しいけれど、切ないけれど、でもどこか晴れ晴れしさがある、どっしりとしたリアリティな重さを伴って描かれる。
しかし、そんな重さがあっても、あくまでイメージされるのは空や海や山の、気の遠くなるような美しさだ。それは恐らく、西原理恵子の描いているものが表面的な薄っぺらい感動ではなく、もっと人間の本質的な、魂の持つ美しさを表現しようとしているからではないだろうか。
どんなに美しくとも、造花は人の心を動かさないが、道にへばりつくように咲いている雑草の花は、時として人の心を動かす。そんな事に似ている。
人々の悲哀や切なさ、憤りや死を描くことで涙を誘う作品は世の中に多い。だが、それは下手すると安っぽいお涙頂戴になってしまう。
西原理恵子が、これでもかと見せつけてくる人間の悲しい美しさは、ある意味、あざとい。恐らく、彼女は人を泣かせると言うことに対して確信犯的な意識をもって作品を作っている。
しかし、それがペラペラで軽い感動にならないのは、西原理恵子自身が成長してきた環境の中で感じ取った生々しい空気の匂いと、それを下手に美化せずにそのまま切り取り、時には笑いで縁取りながら一枚の絵に仕上げてしまう、天才的な上手さがあるからだろう。とにかく、上手い。もうそれしか言うことができない。

んでだらだら書いちゃいましたが、結局言いたいのは、おまいら西原理恵子ものっそく良いから読めと。敢えて『ぼくんち』以外の作品のリンクしてないのは、本屋行って実際に読んでみろと。今本屋に並んでいるであろう『営業ものがたり』は特に『うつくしいのはら』を読めと。ぼくんち読んだ後なら番外編も載っててたまらんですよ、と。ギャグは好き嫌いが激しく分かれると思うから自分の判断で読めよと。そして『ぼくんち』読む時はフルカラー版だと最高ですよと。
まあよくわからない終わり方ですがそういうことですよ、と。
[PR]
by unai-fsp | 2005-11-01 00:48 | 真面目に